エジプトで鳩にありつくまで 後

中東・アフリカで生き抜く
エジプト、ダハブ

イスラエルのエイラートから陸路エジプトのターバへ渡り、エジプト側の紅海リゾート、ダハブの村にたどり着いた。

リゾートと言っても、そこはエジプト。聞くところによると、世界一の格安リゾートで、世界一安くライセンスが取れるダイビングのメッカとしても有名らしい。

あまりに居心地が良いので、たどり着いた旅人がずるずると長期滞在してしまう、バックパッカーの「沈没地」であり、そこで出会って結ばれるカップルの多さから「恋するダハブ」と呼ばれることもあるという。

ルクソールやアスワン、アブシンベルを訪れるのを諦め、時間をかけて陸路からエジプト入りしたことで、私たちは思いがけず、青く透き通った海の前で一夜を明かすことになったのだった。

海沿いのB&Bで目覚めると、良く晴れて、しかし暑すぎず、心地良い気候だった。朝食前に少し海に入ろうということになった。私は水着をもってきていなかったので、気持ちよさそうに泳ぐ友人を横目に、往生際悪くワンピースをまくり、ひざくらいまでの浅瀬でパチャパチャやっていた。

少しして朝食をとっていると、途中でWIFIが切れてしまった。こんなところだからもともと弱いし、ぶつぶつ切れるのは仕方ないにしろ、一向に戻らないのは変だ。従業員に聞くと、どうやら一帯の電気が止まったらしい。

「1~2分でつくよ。大丈夫さ」

あやしいものだ。少なくとも、土地柄、数分で復旧するとは思えなかった。

案の定、食事が終わっても復旧する気配はなかった。電気がダメなら、シャワーもトイレも使えない。スマホの充電など望むべくもない。12時のチェックアウトまでに戻るのだろうか。

嫌な予感がしたが、とりあえず、カイロへの夜行バスのチケットを買いに、市街地にあるオフィスまで行くことにした。宿から市街中心部まではまっすぐ海沿いを行く単純な道だが、片道15分ほど歩いた。しかし行って帰ってきても、状況は変わらず。2階にある部屋のテラスで椅子に腰かけて読書などしてみたが、小一時間たっても電気はもどらなかった。

気温はそれほど上がらないとはいえ、やはり日差しがあって暖かい。 不思議と潮の香りはあまりしないけれど、 目の前にはビーチと海が広がっている。まさに絶好のシチュエーションだった。

「じゃ、私泳いでくるわ」

と友人が言った。

どちらかと言えば山派だし、日本では海は眺めるものだと思っていたが、なんだかむずむずしてきた。アフリカの空気か、青い海の誘惑か、妙に大胆な気分になっていた。こんなところまで来て、どうして海に入らず帰れるだろう。あぁ、全身ではるか異国の息吹を感じたい。水着がなければ泳いじゃいけないなんて、誰が決めた?

ここまで遠いところへきて、無駄な常識に縛られる必要も我慢することもないように思えた。幸い、着ているのはブラトップ付のロングワンピースだ。人もまばらだし、誰も見ていない。 よし。

よし、泳ごう!

100均で買ったビーチサンダルをはいて、友人を追いかけた。

衝動のまま、思い切って行動することの素晴らしさはすぐに実感できた。

紅海は最高だった。

透明な水はさらさらしていて、私の知っている濁った塩辛い海とは全く違った。サンゴのある海は塩分濃度が高いと言うが、肌にしみたりもしない。

日差しで温められた海水のなかを仰向けになってゆらゆら漂うと、まるでこのまま地球に溶けてしまいそうに開放的で、いつまででもそうしていられた。

やがて私たちは、そう遠くない場所にダイビングスーツを着た一団がいるのを発見した。他と明らかに水面の色が変わったその一画へ、彼らは順に吸い込まれていった。

辺りは石化したサンゴ礁と砂の上をずっと先まで歩いていけて、潜ったりするほどの水深はないのだが、遠浅のビーチのところどころに、足のつかないほど深くなったスポットがあった。そういった場所には色鮮やかなサンゴをはじめ、さまざまな海の生物が生息していて、初心者ダイバーたちが本格的に潜る前の練習場になっているようだった。

「行ってみる?」

私たちは顔を見合わせた。そして、歩いたり水に浸かったりしながらゆっくりとスポットの方へ向かっていった。到着した頃にはダイバーたちはあらかた練習を終えて移動しており、サンゴ礁のなかにぽっかりと開いた天然プールのようなダイビングスポットは、私たちのものだった。

プールの中は水深が3~4メートルほどあり、赤、青、緑に紫など色とりどりのサンゴや岩でデコボコと形作られ、底には真っ白な砂をたたえていた。上から水底がのぞけるほど透きとおっていて、よく目を凝らすと、奥の方にはトゲトゲしたウニのようなものがいたり、時折小さな魚の背がキラリと光ったりしていた。

「下まで潜って、あの砂を取ってこよう!」

私たちは、潜ったり泳いだり、疲れたらふちに腰掛け、お腹まで暖かな海水に浸かって休んだりした。気分はもう人魚である。

考えてみたら20年ぶりに海で遊んだわけだが、これは好きな人の気持ちもわかるなぁと思わせる経験だった。こんな海ならまた来たくなるというものだ。

心行くまで海を楽しんだ後、お腹が空いたので何か食べに行こうと言うことになった。海から上がると、宿の前あたりでオーナーの青年が

「イールは見れたかい?」

と聞いてきた。

イール…ウナギ?アナゴ?

なんと、ここいらにはチンアナゴもいるらしかった。私たちは見かけなかったので、もう少し沖の方だったのかもしれない。何にしろ、まだまだ色々と楽しめそうだった。時期的なものもあったのかもしれないが、人も少ないし、のんびりするには最適な場所だった。

エジプト、ダハブ。人の少ない格安リゾート。

電気は当然のように復旧しておらず、仕方なく、ペットボトルの水をかぶるだけで身支度を整えた。もっとも、ほとんどべたつきのないきれいな海水だったせいか、その後も全く不都合なく過ごすことができた。元来肌の弱い私ですらそうだったので、皮膚が頑丈にできていると豪語する友人はなんと顔すらすすがずに夜行バスに乗り、翌日カイロで1日過ごしても何も問題ないようだった。紅海の不思議である。

さて、先にチェックアウトを済ませて荷物を預け、午後からは夜までは中心街でゆったりとすごすことにした。まずは腹ごしらえ。実は前日の夕食で期待していたシーフードには見切りをつけていたので、全く別の物を探そうと言うことになった。

海外で海の幸が評判の場所へ行っても、たいていの場合は日本の方が美味しいわけだが、何故か毎回ノコノコと食べに行く。そして、「まぁ雰囲気も込みだし。思い出だからね」という言葉で自分を納得させてしまう。もちろん、加熱調理された魚介類は海外でも美味しく供されることはあるが、少なくともエジプトでは望むべくもないというのが率直な感想だった。

ランチに選んだのは、ローストチキンが美味しいと評判の店だった。そう、私たちはローストチキンを食べにこの店に入った。

だがしかし。

「チキンください」

「え、ピジョン(ハト)?」

「チキンが食べたい。大きさは…」

「ハトがお勧めだよ。絶対ハト。ハトでいいでしょ?ハトだよね?」

「えっと…」

「オッケー、ハトふたつね~!」

という店のお兄ちゃんの猛烈な勧めにより、ほぼ強制的に鳩を食べることになった。

考えてみたら、ハトを食べるのは初めてだった。中国人が日本で鳩を見ながら「美味しそう」と言っていたけれど、そうか、エジプトでも鳩を食べるのか。願わくはその辺で捕まえてきたのじゃなくて、ちゃんと食用の鳩でありますように。

しばらくして出てきた料理に驚いた。なんと一羽丸ごとのローストで、しかも中には味のついたお米がぎっしりと詰まっている。さらに下には、また別のライスと短いパスタのチャーハンのようなものが敷き詰められ、アラブ料理でおなじみのフムスや平たいパン、コメのようなパスタが入ったスープ、トマトスープで煮こまれた根菜や豆、野菜のサラダなどもセットで出てきて、結構なボリュームだ。

とても全ては食べきれなかったけれど、鳩じたいは美味しかった。鶏肉なので当然と言えば当然かもしれないが、変な臭みなどもなかった。しかし、チキンと比べれば骨が多くて身が少ないような。美味しくローストされていただけに、普通の鶏ならもっと…と思わないでもない。炭水化物過多なきらいはあるが、 エジプト人は昔からパンを食べているイメージが強かったので、 お米がなかなか美味しく調理されていたのは意外だった。

強引な注文だったけれど、まぁ初めての経験ができたので良しとしよう。それに思いがけず美味しかったので気分も上がった。

エジプト、ダハブのローストピジョン

しまいには満腹でヒーヒー言いながら鳩と格闘した後は、腹ごなしに町を散策した。

中心部にある書店でポストカードを購入した時、レジの横にカラフルな魚たちが泳いでいるのを見つけた。かすかな風にゆらゆらと尾を揺らす小さな小さな魚たちは、皆ひとつぶずつのピスタチオの殻で出来ていた。その可愛らしさに魅了され、どれにしようか悩んだ末に一つを購入。メガネケースに入れて日本へ連れ帰ることにした。

紅海の海風に吹かれていたピスタチオのクマノミは、今でははるか日本の部屋の本棚で揺れている。

それから私たちは、海にせり出すようにして建ったカフェに腰を落ち着け、書き物をしたり、本を読んだり、復旧していた電気でスマホを充電したりしながら、日が暮れるのを待った。ガラス越しにも、ダハブの海はどこまでも透明で美しかった。

思いがけず訪れることになったダハブだが、経由地だけではもったいないようなところだった。人も少なくて、カイロなどの都心よりもよほどおすすめできる場所だ。また機会があれば、今度はのんびり滞在したいと思った。

紅海を臨むダハブのカフェ。マンゴージュースには何故かストローが二本。

余談だが、海から上がってから、二人とも身体のところどころに引っ掻き傷のようなものを負っているのに気が付いた。泳いだり潜ったりするうちに、サンゴ礁のなれの果てのようなギザギザした岩にこすってしまっていたのだった。

後で、地方の出身だと言うカイロの土産物屋の店主にこの話をしたら、

「そりゃそうなるさ。私だってダイビングスーツなしじゃ潜ろうとは思わないね」

と笑われた。

お金をかけずに大変楽しませてもらったけれど、装備には気を付けた方が良いかもしれない。

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