暑さや湿気が苦手な私のような人間にとって、東南アジアは一種の鬼門です。
とにかく、日本より暑いところには行きたくない、とずっと思って生きてきました。
どれくらい嫌かと言えば、とにかく暑いだけで機嫌が悪くなるので、旅友達にひんしゅくを買ったことがあるほど。
立っているだけで汗をかくようなところには極力行かないようにしていたものの、皆が口をそろえて安くて美味しいというベトナム料理の魅力にはどうしても抗えません。
亜熱帯のホーチミンと違い、北のハノイならそれほど暑くないらしい。それも、冬にあたる乾季(およそ11月~3月)に行けば、ちょっと涼しいらしい。
そう聞くやいなや、いてもたってもいられなくなり、格安航空で首都ハノイを目指したわけです。
はじめての土地だから、観光もしたし、風光明媚な場所にも行きました。でも、やはりこの街では、そぞろ歩きしながら楽しむグルメにたまらない魅力がありました。
朝、ゆっくり起きて、のんびり朝食を食べます。ベトナムのホテルは朝食の美味しいところも多いので、これを宿泊場所の決め手の一つにするのも良いかもしれません。
「せっかくだから、買い物をしよう」
「旧市街に可愛いバッチャン焼きを売っているお店があった」
「ちょっと距離があるけど、ここにも行ってみたい。歩けない距離じゃないよね」
ゆるく目的地を決めたら、出発です。
3月に入ったハノイは、乾季といえどもそろそろ夏の気配。曇天でも雲越しに日差しがチクチクと肌を刺すようで、歩きだせばじんわりと汗がにじみました。道を渡るたびにバイクや車の群れの間を縫って進むので、ホテルがある中心部の辺りはそうそうのんびりと歩くわけにもいきません。
ベトナムで道を渡るのにはコツがあって、私たちが泊まったホテルでは注意事項の一覧の中に「道路の渡り方」なるものが備えられていました。 曰く、「大事なのは自信をもって進むこと」「急に動き出さない」「渡り始めたら絶対に引き返さない(バックしない)」などなど。
これは他の、例えば中東やアフリカ等にある信号機があまりないのに交通量が多い国でも、同じことが言えると思います。自分の行きたい方向をしっかりと明確な意思をもって進めば、相手もこちらの行動を予測して避けることができます。逆にびくびくしていきなり予測のつかない行動をされれば、避けきれずぶつかる可能性は一気に高まります。ベトナムはバイクの台数が極端に多い分、実際に事故も多いのだとか。
相手にしっかりと自分の存在と行動を認識させる、と言うのが肝心。事故を起こしたくないのはお互い様のはずですが、たとえ信号があったとしても、ベトナム人が交通ルールを守るとは思わない方が良いでしょう。
さて、旧市街には土産物屋や観光客向けの衣服やバッグの店、時にはブランド店なども確かにたくさんありました。小奇麗な日本人好みのディスプレイで、安心して買い物が出来そうなお店もあります。しかし少し外にでると、made in Vietnamの海外メーカーやブランドの衣類を安く売る店がいくつもあって、地元のベトナム人と思しき女の子も買い物をしていたりしました。
サイズにばらつきがあったり、注意して見ると縫製に多少問題があったり、中には汚れが付いているようなものも無きにしも非ずですが、だいたい日本で買う半値以下、三分の1以下で売っていました。メーカーによってはネームタグを外させているところもあり、それがまた“本物”っぽさをうかがわせます。
誰しも経験があると思うのですが、予定にない買い物と言うのは、なぜこんなにも楽しいのでしょう。
思わず、お馴染みのファストファッションブランドのトップスやワンピースをさらに3枚いくらのセール価格で買ってしまった私。友人と妹は変なTシャツと、定価では絶対に買わないであろう縞柄のズボンを購入しました。
日本にもありそうな物が中心ですが、安く買えるのは事実。今や世界の工場の一つとなったベトナムの街を歩く、楽しみの一つと言えそうです。
ぶらぶらと、さらにハノイ旧市街から駅を通り越して歩いていると、なにやら路上に行列が。列の隣ではおばさんが大なべの前に座り、ひたすら何かを揚げています。その向こうでは、お馴染みのプラスチック椅子が一面に並べられ、ほぼ満員のその場所でみんな何かをすすっていました。時刻はちょうどお昼時。
ハノイの路上で売っている食べ物に行列が出来ていたら、とりあえず並べ。
なにはともあれ、私が言えることは以上です。
並んでおけば、そして「食べたい」という強い意志があれば、まず間違いなく美味しいものにありつけるでしょう。
それがハノイ。有難い。
こういうお店では、たいてい似たようなメニューが1つか2つあるだけなので、とりあえず並んで、順番になったら食べる人数が伝わればOK。また、ベトナムのこういった路上の繁盛飯屋で、てきぱきと働いているのはほぼおばちゃんたち。正直言って愛想は無いけれど、何故か抜群に信頼できるオーラをまとっています。任せましょう。
注文してお金を払ったら、空いた場所を見つけて待ちます。何人かでいるのなら、一人に列に並んでもらい、あとは先に席に着いていても大丈夫。
ワクワクしながら待っていると、配膳役のおばちゃんがどんぶりを二つ、危なげなく運んできました。出てきたのは、空芯菜とトマトの色が鮮やかなフォー。旨味と酸味のバランスが絶妙で、パンチが効いているわけではないけれど、ずっと食べていられるような、爽やかで滋味のある味わいでした。
一口二口食べたところで、ドンともうひと皿。切り身の揚げたのがこんもり盛られています。おばちゃんが険しい顔で一心不乱に揚げていた白身魚のフライはアツアツで、スープに入れて薄い衣が汁を吸いきる前に食べると、これがまたじゅわっと旨味が広がって美味しいのでした。
夢中で食べ終わると、気が付けば周りは超満員。食べたら次の人のためにさっさと席を空けるのが暗黙のルールです。
この店とも言えない路上のフォー屋で働いていたのは、みんな中年くらいのおばちゃんたちで、一様にニコリともしないのですが、その働きぶりは真摯でひたむきでした。注文を取り、汁と麺の入ったどんぶりを上げ下げし、汗だくで魚を揚げる。昼時のこの数時間で、一杯150円の揚げ魚付フォーを賄い、彼女たちは生計を立てているのでしょう。
言葉も通じないなかで、去り際に思わず、揚げ物担当のおばちゃんに向かってグッと親指をたてて謝意を伝えると、おばちゃんもただ重々しく頷いて応じたのでした。
思いがけず美味しいものに出会った我々は、足取りも軽く散策を再開しました。中心地から少し離れた、ベトナム女性や少数民族のハンドメイド製品を取り扱うという店を目指します。
ベトナムはカフェ文化が根付いているので、街歩きでも、ちょこちょこ休憩しながら進むのが疲れず楽しめるコツかもしれません。
ココナッツにグァバ、スイカにメロンから意外に美味しいアボカドまで、農業大国ベトナムでは多種多様なフルーツのフレッシュジュースやスムージーが楽しめます。コンデンスミルクと混ぜて飲む甘いベトナムコーヒーは有名ですし、これにさらに卵の黄身を入れたエッグコーヒーも、まったりしてなかなか美味しい。
そうこうするうちにあっという間に目的地に着き、高品質でお手頃なベトナム雑貨に興奮して、またひとしきりまとめ買いしてしまったのでした。
買い物って、どうしてこんなにというほど、体力を消耗すると思いませんか?
あんなに食べたのに小腹がすいてきた私たちは、会計し終えると、店のお姉さんに近くておすすめの甘味処を聞くことにしました。こういうのは地元民に尋ねるのが一番。
難しいことはありません。単語だけで通じます。私の友人にこの単語会話がえらく得意な人がいますが、大事なのは「ハート」だそう。
「チェー?」
「チェー?」
「チェー、チェー!」
「あぁ!チェー!」
こんな感じです。
後は身振り手振りで大丈夫。伝える意志と聞く意思があれば、どこへ旅行に行ってもたいていのコミュニケーションはとることができると思います。これが通じなかったのは今のところUAEのアブダビですが、それはまた別の話。
さて、ちょっと一歩を踏み出せば、地元っ子御用達の店で美味しいチェーが食べられるはず。
チェーは言うまでもなく、ベトナムの伝統的なスイーツで、ココナッツミルクの香りと柔らかな口当たりがなんとも落ち着く食べ物です。暖かいものと冷たいものがあり、種類や具が色々と選べます。その分、最初は何を頼んでよいかわからなかったりするのですが、実際に食べたい食材か食べている人のを指さすのが簡単でしょう。
温かい方は日本のぜんざいやお汁粉のようで、砕いた氷の入った冷たい方も、決してキンキンするような鋭さはありません。やさしい甘さの素朴な具材と合わさって、舌の上でゆっくり溶けていき、暑さで疲れた体を癒してくれます。
タロイモやサツマイモ、ずんだ、黒豆、ハスの実、色鮮やかなゼリーにくだもの各種、お餅に米にヨーグルト。何を食べても美味しいけれど、決められなかったら「全部乗せ」を注文するのもアリ。
私たちがハノイで食べたのは、タロイモとハスの実のチェー、胡麻だんごのあったかいチェー、黒米とヨーグルトのチェー、あとよくわからないもの。メニューを指さして、それと似ても似つかないものが出てくることもありましたが、おおむね美味しかったので良し。屋台のチェーも美味しいです。
ショッピングしながら、疲れたら休憩。歩いているだけで旨いものに当る。それがベトナム、ハノイなのでした。
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