夜のハノイとハシゴ飯

アジアで食い倒れ
ハノイの路上焼鳥屋

とにかく美味しくて、ベトナム、ハノイらしいもの。日本ではなかなか食べられないような物ならなお良い。

ハノイを旅行中のある夜、そんなリクエストをした我々がまず連れて行かれたのは、西湖の横、チュックバック湖の辺りでした。

ハノイには多くの湖が点在していて、なかでも最大にして最も美しいと言われるのが西湖です。ベトナム語ではホー・タイ、「タイ湖」という、いささかややこしい名前。昼間の散歩にも良さそうですが、夜もネオンに彩られた景色が映り込んで目に楽しい場所でした。

すぐ隣のチュックバック湖のあたりにある多くの店で出されるのが、ハノイ名物の「フォー・クオン(Phở cuốn)」。プルコギにも似た、日本人好みの甘辛味の牛肉と、ベトナムの野菜やハーブをフォーの生地で巻いた料理です。

「この辺なら、どこもそう変わらないから」

と言って、ベトナム在住の案内人は適当な店に入りました。簡素ではあるものの、一応、ちゃんとした木のイスとテーブルがあり、道を挟んだ向かいとその隣にも同じ看板がかかっていて、繁盛店のようでした。

注文したフォー・クオンをブン・チャーのスープを思わせる甘酸っぱいタレにつけて口に運びます。すると、何とも言えないふるりとした心地よさがいっぱいに広がり、思わず「美味しい!」と声を上げてしまいました。

特徴的な皮の部分は、半透明でふっくらした見た目に反してつるんと口内へ転がり、プルプルでもたつきません。普通の生春巻きに使われるライスペーパーのようなモソモソ感もなく、刺身を食べているかのように瑞々しいのです。それに包まれる牛肉の甘辛さ、野菜のシャキッとした歯ごたえとハーブのほのかな香りが後を引きます。

フォーの生地をそのまま一枚巻いてカットもされていない状態のものが、ひと皿にどっさりと積まれていたのですが、あっという間に空になってしまいました。

せっかく4人もいるのだし、もう一つ頼んでも良いけれど…と、壁にあるメニューを見ていると、気になるものが目に留まりました。聞けば、これも看板料理の一つ。揚げフォー(Pho Chien Phong) なのでした。

きつね色に揚がったフォーの上に、牛肉と青菜の炒め物をあんのようにかけて出されます。これがまた、ちょっと懐かしいような安定した美味しさ。香ばしい揚げフォーはまさにおかきの味がして、しかし中はまだ少ししっとり。肉や野菜との相性はもちろんよく、ベトナムビール片手に、もりもり食べられてしまいます。嬉しくて、ついでとばかりに、生のトウモロコシの粒に衣をつけて揚げたつまみの定番まで注文してしまいました。

フォーと言うと、日本人としては麺になったものが思い浮かぶわけですが、裁断前のフォー生地がこんなに美味しいとは!棚から牡丹餅、いや、開いた口に団子?

思いがけない食に出会える楽しみが、ベトナムにはそこかしこに転がっているようです。お馴染みのフォーにすら、まだこんなに新しい扉があることに嬉しくなりました。

ハノイ名物、揚げフォー

「次に行こう」

ビールを飲み干した案内人の一言で、私たちはタクシーに乗り込み、次の目的地へ。目指すのは、鳥をまるまる食べ尽くす、ベトナムの焼鳥です。

タクシーが止まったのは、同じ道沿いに、やはり何軒もの焼鳥屋が並ぶ界隈でした。手前には室内店舗を構えた有名な店もありましたが、案内人はそちらには目もくれず、ズンズン歩いて行きます。すると一番奥に、薄暗いなかで路上のプラスチックイスに腰掛ける、大勢の人がぼぉっと見えてきました。そこには立派な店構えこそないものの、まるで縁日の屋台のような活気がありました。

「ここが一番旨いんだ」

さっそく我々も一角に陣取って、とりあえずあらゆる部位を片端から注文します。味はもちろん、まずいわけがありません。何しろすぐ後ろで、ぐるっと火を囲んだ店員が、串に刺さったのを次々と焼いては渡してくれるのです。付け合せとして出てくるきゅうりの漬物と一緒に食べれば、胃袋が無尽蔵になったよう。ビールの進みも早まります。

一人、はさみを持ったおじいさんがウロウロしていて、声をかけると肉やパンを食べやすくカットしてくれました。どうやらこのおじいさんはカットするだけの係で、注文を取ったり運んだりはできません。注文をさばくのは中年の女性、そして焼き場は完全に若者の領分のようでした。

お酒に強くない妹と友人は、「チャー・チャイン」というライムティーを片手に、香ばしい焼鳥にかぶりつきます。甘いお茶にライムをたっぷり絞ったものですが、お茶の香りや苦みはあまりなく、さわやかなライムジュースのような飲み物です。焼鳥屋のすぐ隣に飲み物屋があって、そこで頼むと食べているところまで届けてくれる、持ちつ持たれつの良くできたシステムでした。

焼鳥のネタとして珍しいところでは、鶏の足の焼き串でしょうか。しかしこれは、実際には食べるところがあまりありません。それよりもハマりそうな危険を感じたのは、‘焼きはちみつパン’とでも言うのか、小ぶりのフランスパン「バイン・ミー」を押しつぶして小判型にし、はちみつを塗って鶏肉と同じように炭火で焼いたもの。表面がカリッとして、はちみつの甘さと油が香ります。

ベトナムでよくフランスパンが食べられるのは言うまでもなく植民地統治の名残ですが、昨今の健康志向が根付くフランスにはまずないであろう、‘アカン’系。わかっていても止められない。人間の奥底に眠っている生物としての原始的な本能が、カロリーは旨いと囁くのです。

ハノイの焼鳥とはちみつバイン・ミー

「ローカルフード、大丈夫そうだね。じゃあ、次に行こう」

一通り食べたところで、また移動の指令が下りました。ベトナムの飲食店はあまり遅くまでやっていないらしく、「早く早く」と急かされます。そうしてたどり着いたのは、山羊肉の店でした。欧米人向けのホステルが多い通り沿いにありながら、店内は地元民らしきアジア人で文字通りあふれていました。人が多くて席がなくとも、何の問題もないのがベトナム。プラスチックの椅子が店前の路上に並ぶのは繁盛店の証なのかもしれません。

ベトナム人は、どうも山羊をよく食べるらしいのですが、言われてみると、昼に訪れた“陸のハロン”、チャンアンの道路脇にはしばしば、その姿のままに皮だけ剥がれた山羊が売られていました。頻繁に出くわすので、そのたびにビクッとする私たちをドライバーが可笑しそうに見ていましたっけ。

山羊鍋も庶民的で良いのだけれど、、案内人のおすすめは山羊の乳肉。“おっぱい肉”と言っていましたが、これの食べ方は焼肉が定番なのだとか。ホルモンに似た味で、雌からしか取れずに限りがあるので、店にないこともしばしばあると言います。

後から知ったのですが、実は山羊のおっぱい焼肉の食べ方は、南のホーチミンと北のハノイでは全く異なる様子。ホーチミンでは網で焼く日本でもおなじみのスタイルですが、ハノイでは鉄板を使います。たっぷりの油(バターと言っていましたが、無色で香りもなかったので、おそらくマーガリン)をしいたところへ肉と野菜を投入し、揚げ焼きのようにじっくり火を通します。これをライムを絞った塩につけて食べるのです。

この「塩」というのが、実は味の素だと言うのが案内人の主張で、彼はこれが好きじゃないと言って除けていました。ここはシンプルに塩のみだと塩味が強すぎるのかもしれませんが、 確かに、ライムを絞ったところに美味しい塩を一つまみ振るだけにした方が、よほど美味しく頂けそうです。

ちょっと焦げてカリッとするまで焼いた肉を食べてみれば、ホルモンよりもあっさりして臭みもなく、多少の歯ごたえがありますが、噛み切るのに難儀するということもありません。身構えていたほどしつこくなく、しかしほどよくビールは進みます。

ここでは案内人は、30度ほどある蒸留酒を頼んでいました。ベトナム原産の強いお酒と言うと、コメを原料にした焼酎のようなものが主流で、うるち米、もち米、赤米など、コメの種類によって少しずつ風味が異なります。どのお酒も香りはとても良いのですが、飲み口が柔らかい代わり、いまいち、深みやパンチに欠けるような気もします。

この時一杯だけご相伴にあずかった「ネップ・カム(赤もち米の蒸留酒)」は、紹興酒に似た味わいで、それよりもっとフルーティな香りがして口当たりもやさしく、飲みやすいお酒でした。

3軒ハシゴしてお腹もいっぱい。ディープなハノイの食い倒れを満喫することができました。

この後行ったホステル街の飲み屋はガラス張りの入り口がお洒落な、ドイツ人経営の多国籍バーでしたが、11時頃になるとカーテンを閉めて営業していました。ウェイターにどうしたのか尋ねると、「11時過ぎたらお酒を出しちゃいけないんだ。だから、ま、見つからないようにね」とのこと。ポリスが来たらやってないふりをするのだとか。

ベトナムでは近年、アルコール提供の時間を制限しようとしているとかいないとか。深酒による健康被害を問題視してのことだそうで、もちろん規制が上手く働くことを願って止みませんが、飲みたい人間はどうやっても飲むし、ましてカーテン一枚でなんとかなるというのが、ゆるっとしたこの国らしい、と思ったのでした。

さて、ハノイでビアホイ(居酒屋)めぐりをするなら、もう一つ忘れてはならない物があります。

北部名物、「ネム・チュア(Nem Chua)」です。

ハノイでは定番のおつまみで、豚肉とニンニクや香辛料、豚の皮の千切りやらを混ぜて、グァバやバナナの皮で包んで数日間発酵させたもの。酸味があってビールのお供には欠かせない存在だとか。生の青マンゴーなどと一緒に食べます。

私たちはハノイに着いた初日の夜に、早速このネム・チュアを食べに行きました。ところが、出てきたのは細長いつくねのような焼き串や、これを俵型にして揚げた物で、ほとんど酸味がありません。豚肉を使った練り物のような味で、これはこれで美味しく、こういうものかと思いながら帰ってきたのですが、あとから調べてみると、私たちが食べたのは「焼き(揚げ)ネム・チュア」。発酵時間が短く、しかも火を通してあるので、生の豚肉を発酵させた普通のネム・チュアとはだいぶ異なるよう。

次回は是非、酸味の効いたネムチュアを食べてみたいものです。ネム・チュアが名物として有名な、ハノイの少し南、タインホア省へ足を延ばしてみるのも良いかもしれません。

焼き/揚げ「ネム・チュア」と、ライムティー「チャー・チャイン」
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