救世主、君の名はスモークドマカレル

イギリスで食い倒れ
イギリスの掃除機、ヘンリー氏

イギリス人には二つのタイプがある。

ダイソンを使うか、ヘンリー君を愛用するか。

イギリスの掃除機、ヘンリー氏

イギリス人には二つのタイプがある。ダイソンを使うか、ヘンリー君を愛用するか。

ダイソンは言わずと知れた英国初の高性能ブランドだが、愛嬌のある顔が描かれたヘンリー君の支持者もいまだ多い。確かに、赤ら顔に黒い帽子をかぶったところからぐるぐると鼻が伸びているのを見かけると、思わずこちらもニヤッとしてしまうような可愛らしさがある。ちなみに色は赤だけではないそうで、イエロー、グリーン、ブルーやピンクなんかもあるらしいのだが、私は他の色を見たことがない。

ヘンリー君は可愛いだけじゃない。非常に丈夫なのだそうだ。実はもともと業務用で吸引力が凄い。その分、音も図体も大きいが、一定数のイギリス人は、「こっちの方が使いやすい」という意見を根強く持っている。そんなわけで、大学で働いていたのも専らヘンリー君だった。正直なところはといえば、ダイソンは高いからという本音が見え隠れするような、しないような。イギリス人は案外、お金にシビアである。

さらに、イギリスでは、hooverというのが掃除機の名詞であり、掃除機をかけるという動詞としても使われる。これはもともと老舗掃除機会社の名前で、この会社は今でも続いているらしい。ということは、そう、このhoover社の掃除機を使い続けている第三勢力も存在する。噂によると、非常に重くて工事現場のような音を発するというはなしだが、なにしろ「壊れない」ので有名だとか。いずれにしろ、良いものを作り、それを愛用し続けるイギリス人の価値観には見習うべきところもあると思う。

海外に旅行に行くと、人は大抵二つのタイプに分かれる。日本食が恋しくてたまらなくなるタイプと、現地の食事だけで苦もなく過ごせるタイプ。

これは旅行の好き嫌いというのとはまた別らしく、うちの母などは、旅先で美味しいものを食べるために働いているようなところがあるが、にもかかわらず、海外に行く際はとにかくお煎餅がないと不安になるそうだ。かくいう私は、食に関して異国で郷愁にかられるということは、ほぼない。重い食事が続くと時折、「野菜が食べたいなー」「このチーズ豆腐にならないかな」などと考えることがある程度。郷に行っては郷のものを食す、それが全く苦痛にならない質だから、空港で煎餅メーカーの店舗に走る母を何度白い目で見たことか。

ところが、そんな私をしても、やはり長く異国にいると、「身体が欲しがる」という現象を体験することもあるわけで。身体が欲しがると、今度は頭の方もそのことばかり考えてしまうようになるのだと身をもって知った留学生活。ジップロックに2合ほどを分けて持ってきていた、虎の子のあきたこまちを、3ヶ月目にして初めて炊いて食べた時。あれはまさに涙の出るような美味しさだった。

一年を過ぎて生活に少し余裕ができる頃になると、生魚を求めてエジンバラの街中まで出て行っては、不味い日本食に大枚をはたき、後になって、何を血迷ったことをと我にかえる、なんてことも起きた。せめて美味しいと評判のタイ料理屋にでも行けばよかったのにと今でこそ考えるが、きっとあの時はそれでは満足できなかったに違いない。

十キロ単位のジャスミン米を共同購入して毎日中華を作る中国人フラットメイト達を横目に、パンとポテトとパスタで生きていた日々を思うと、今でもちょっと胸が熱くなる。いや、実際にはパンもポテトもパスタも好きなので、苦痛だったわけではないのだけれど。それでも無性に「日本っぽいもの」が食べたくなった時期が、私にもあった。

そんな時に出会ったのが、「Smoked Mackerel(スモークドマカレル)」、いわゆる燻製サバだった。

スーパーでこれを発見した時は、まだ食べてもいないのに、まさに神の恵みを受けたような心地がした。何故と言って、もう見るからに日本の切り身の焼き魚。みりんにでもつけましたか?と言いたくなる飴のような色味と光沢が、祖国の味に飢えた胃を刺激して、気が付くとプレーンとスパイス付きを一つずつ購入していた。

味がまた、美味しいのなんの。個人的には、イギリスの食べ物でここまで期待し、そしてその期待を裏切られなかったものはない。まさに予想以上の味だった。

イギリスやアイルランドのサーモンは有名だが、油ののったサバの味は、正直それに勝るとも劣らない。調理の仕方がまた、日本でだって、なかなか食べられないような肉厚なサバに、しっかりと味が付いていて満足感が半端ない。燻製と言ってもスモーク独特の香りはほどんどなく、それでいてしっかり旨みがある。ご飯がほしい。酒の肴にも最高。

「イギリス人って海に囲まれてるのに、魚は馬鹿の一つ覚えみたいに揚げるだけなんだから、信じられないわよね。あーもったいない」

と言っていたスペイン人の知り合いがいたが、ぜひこれを食べてもらいたい。実はイギリス人は鯖をこんなに美味しくできるんだよと、感動のままに伝えたい。そういえば、スペインでは鯖を食べるのだろうか。いやしかし、このうまさはきっと世界共通。知らない人にも広めたい。

余談だが、スコットランドは実は海洋研究が盛んで、私のいた大学も、海洋研究の分野では欧州一と言われていた。正直その研究は何のためだとやさぐれそうになるイギリスの海鮮食糧事情のなかで、この燻製サバは輝く一つ星。もっとこの分野に振り切ってくれても良い。

ともかく、スモークドマカレルは万能選手で、白ご飯にももちろん合うし、レモンを絞って玉ねぎのスライスと一緒にパンに挟めば美味しい鯖サンドになり、パスタの具として使っても良い。ツナの代わりにポテトサラダに入れると、塩気も相まってお酒の進むおつまみになる(水切りしたキュウリも忘れずに)。イギリス人はカナッペにしたり、パイやコロッケの具にしたりする。

私は日本食が恋しくなった時、よくこの燻製サバを使って炊き込みご飯を作った。イギリスの野菜は日本のような季節感がなくて種類も少ない(そしてとにかくでかい)。似た、あるいは同じと思って買っても、慣れた方法で調理するのでは美味しくならなかったりするのだが、人参とリーキ(西洋ねぎ)は、日本のものとよく似ていた。安くて使い勝手も良かったので、スーパーに行くと必ず買って常備していた。特にリーキは日本に帰ってからも恋しくなるほど、甘くて料理が楽しい食材だった。この人参とリーキと燻製サバで、簡単に炊き込みご飯ができる。

研いで、少なめに水加減をしたお米の上に、いちょう切りにした人参と、リーキはザクザクと適当に切って入れる。あれば生姜を千切りにしたものもたっぷり入れる。その上にサバを一切れ入れ、最後にカツオなどの粉末の出汁があればそれをふりかけて、蓋をして炊く。炊き上がったら、切り身をほぐしながら全体を混ぜて、出来上がり。海苔など散らすとますますそれらしくなった。

私は炊飯器を持っていなかったので普通のテフロン鍋で炊いていたけれど、軽くてコメ自体は満足いく出来にはならないかわりに、多少適当に乱暴にやっても、こびりつかずにおこげができて美味しかった。少し多めに作っておいて、翌日はお茶漬けにしても、これまた美味しい。需要があるかは不明だが、イギリスで日本食が食べたくてたまらなくなった時には是非、やってみてほしい。

どんなふうに食べるにしろ、スモークドマクレルは英国に住んだことのある日本人ならきっとお世話になっている、有難い食材だと思う。

バキュームパックに二~四切れくらいずつ入って、重量によるものの、だいたい三ポンド前後。胡椒などの香辛料がたっぷり付いたものもあり、こちらも美味しい。普通はグリルやフライパンで温めて食べたり調理したりするが、なかにはパックから出してそのまま食べているという強者もいた。単体で食べるとかなり塩辛いのだけれど、しかし、調理済みでそのままで問題なく食べられるので、旅行者でも、スーパーで買って部屋で食べることは可能だ。エールやシードルのお供にも良いと思う。香辛料付きならギネスにもよく合う。実はたらのスモークというのもあるけれど、私は断然、鯖の方が美味しいと思う。

イギリスの燻製サバは、日本にいてもたまに恋しくなる味だ。

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