今年の夏の名残が色濃く残った、暖かな10月の中頃、友人の結婚式に参列するため、イタリアを訪れました。
もちろん、「異国のウェディングに参加する」と言う大義名分を手に入れたからには、できうる限り滞在を引き延ばし、美味しいものをたくさん食べなくてはいけません。
式が行われるのはバルサミコで有名なモデナ。周囲には生ハムの産地であるパルマや、肉の都ボローニャなどがあり、これらの都市を含むエミリア•ロマーニャ州で作られる極上のパルミジャーノ•レッジャーノとともに、イタリアを代表する食材の宝庫として知られています。
どこへ行こうか、何を食べようか、贅沢な悩みについついニヤケてしまいます。
海外旅行に興味を持ち始めたばかりの妹も一緒でしたので、短い休暇を最大限使って、有名どころを網羅しつつ、駆け足で北イタリアを見て回ることになりました。
今回、利用したのはアリタリア。
何度も破産し、身売りしながらも、何故か生き延びる不思議な航空会社。当のイタリア人には頗る評判が悪いのですが、個人的にはそのイタリア人を体現しているような気もして、何となく愛着があります。
チケットを取るときに、
「まさか行くまでの間につぶれるなんてことは…?」
という一抹の不安が頭を過ぎったものの、無事に離陸し、一安心。
シートも広めで、何よりミラノやローマに直行便があるのはこの会社だけなので、イタリア旅行の際には一考の価値があると思います。
学生の頃など、有り余る時間と体力を持ち合わせている時分には、長時間のフライトや乗り換えも何と言うことはありません。今でも、トランジットやストップオーバーは旅行の楽しみの一つではありますが、仕事を休んでの旅となると、前後の時間はなるべく短縮したくなるものです。
私も久しぶりに直行便を利用して、到着したミラノの空港であまりに身体が楽だったので驚きました。
時刻はまだ夕方の18時過ぎ。
マルペンサ空港からミラノ市内までは電車、バスともにコンスタントに便があり、どれを選んでもだいたい1時間弱で着きます。
これなら夕飯を食べに出かけられそうだ、と話しながら、片道8ユーロのバスへ乗り込みました。
余談ですが、欧州では都市や国家間の移動手段としてのバスが発達していて、ちょっと辺鄙なところへ行くにも非常に便利に利用することができます。
ただし、荷物の積み下ろしは基本的に自分で行わなくてはならないので、注意が必要です。係員やバスの運転手は、ただ荷物入れの扉を開けるだけ。日本のように懇切丁寧に手伝ってはくれません。経験上、気の良いおじさんや男気のあるお姉さんでもいれば、あるいは助けてくれるかもしれません。
スーツケースを自分で積んだり下ろしたりが苦にならなければ全く問題はないものの、そうでなければ荷を軽くしたり、重い荷物をどこかに預け、日帰りか2〜3日のエクスカーション(小旅行)を楽しんでまた帰ってくるなどすると良いと思います。
さて、空港からミラノ市内までは特に見惚れるような景色もなく、途中で夕方のラッシュに引っかかりながら、バスは淡々と走り、終点のミラノ中央駅の脇の道へと滑り込みました。
アナウンスがあるわけではないのですが、とにかくみんなが降りるので、ここだろうと言うことで一緒に外へ出て、流れに乗ってバスのお腹から荷物を引っ張り出します。
大都市の中央駅だからと言って、真昼のように明るい照明や、ましてや色とりどりのネオンなどというものとは無縁の駅舎。周りは、オレンジ色の街灯を点々とまとうのみ。
風情があるとも言えるし、そこここに怪しい人影が潜んでいるような気もします。
ここは美の都であり、スリの街でもあるのです。
何だか用もないのにたむろしているアフリカ系の若者があちらこちらに。
我々は意識してちょっと不機嫌そうな顔を作りつつ、急ぎ足で夜のミラノ中央駅を通り過ぎ、ホテルへと向かったのでした。
少々奥まった立地にも関わらず、ホテルはすぐに見つかりました。
電車移動が多くなることはわかっていたので、なるべく駅から近い場所という条件で探していたこともありますが、迷わず行き着けたのは何と言っても、グーグルマップのおかげでしょう。
少し前までは、新しい土地に行くとまず現地の地図を入手し、今自分がどこにいるのかを特定するところから始めていました。
しかし、いわゆる「オフラインマップ」の便利さを実感してからは、その作業を事前に、あるいは歩きながら行うようになりました。
オフラインマップはグーグルマップの機能の一つで、事前にそのエリアの地図をダウンロードしておけば、ネットのない「オフライン」の状態でも、自分の位置情報とともに地図を使うことができます。
日本ではまだ利用できるエリアが少ない印象がありますが、欧州の都市は網羅されている率が高いように思います。
通りの名前などを確かめながら、この地図で方向を確認しつつ歩いていくと、目当てのホテルはすぐに見つかりました。
通りからズズッと奥までスーツケースを転がしてホテルのエントランスを通り、受付で背の高い男性に「今晩は」と声をかけます。
「今日から3日間、予約をしているのですが」
「お名前は」
「なすです」
「・・・はい、確かに」
淡々と、非常に淡々と会話が進みます。
「ではパスポートを。お一人で結構です。はい、どうも」
決して粗雑な訳でもぶっきらぼうなのでもなく、慇懃無礼というのともちょっと違うのですが、何だか居心地の悪さを感じます。流暢といえば流暢な英語で、しかしお世辞にも聞き取りやすいとは言えません。平均的にイタリア人の話す英語はわかりやすいと思うのですが、彼の場合はそれ以前にとにかく早口でした。話し始めてから一貫してニコリともしないので、余計、話しかけられているという印象が薄いのかもしれません。いや、しかしよく見るとごくごく薄くアルカイックスマイルに似た表情を浮かべているような、いないような。
着々と仕事はこなしていて、ある種の安心感はあります。
ただ、そう、ホスピタリティというものが欠如しているような、寒々しさを感じるのです。
奥から女性が出てきて男性の隣に立ちましたが、こちらもどことなくツンとして笑顔がありません。
一通り説明を聞き終え、カードキーを受け取ってエレベーターへ。
それにしても愛想のないフロントだったこと。あまりに自然にツンツンしているので、かえって新鮮なような気もしてきました。
旅先で会話らしい会話をする初めての地元民がホテルのスタッフ、というのはよくあることですが、会話らしい会話も成り立ちませんでした。
「あれがミラネーゼかぁ」
と、2人して真偽の定かでない先入観を持ったのは言うまでもありません。
下に続く
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