トゥルクといえば、2011年に欧州の観光都市にも選ばれた、フィンランド第2の都市にして最古の街。
迷路のような内部が特徴のトゥルク城にはじまって、歴史ある大聖堂、おしゃれな屋内マーケット、図書館に美術館から工芸博物館と、多少地味ではありますが、観光施設もそこそこ充実しています。
私たちもいくつかのスポットには行っているはずなのですが、振り返って今も思い出すのは、ほとんどがホステルで過ごした時のことばかりです。
トゥルクの街中の記憶というと、ホステルからインフォメーションへの行き帰りにアウラ川沿いを散歩したこと。その道沿いにある大聖堂の中が、天候のせいかひどく暗くなっていて、入り口から向かって右奥にある巨大なキリストの顔にぎくっとさせられたこと。それから、街路樹が既に色づいていて、掌ほどの木の葉が道に降り積もり、緑の芝生に黄色と煉瓦色のまだら模様を描いていたことくらいです。
そうそう、帰り道に近くの大きな建物に、「図書館」と書いてあったのを思い出しました。
中では若者がゆったりした椅子に腰掛けて、ハードカバーの本を読んでおり、向かいで老人が新聞を広げていました。手の届く高さの書棚が並び、灯りの灯ったガラスの向こう側の世界が、とても暖かそうに見えました。
北欧では、スウェーデンのウプサラを訪れた時も感じたのですが、本当に勉強や学問のしやすい環境が整っていると思います。本屋や図書館を見ていても、素人目にもレファレンスや情報へのアクセスのしやすさがよく考えられていて、人口密度の低さも手伝って、ストレスなく施設を利用できそうでした。
ただ、個人的には、英国の古い図書室や書店で、ホコリのにおいがしそうな書物が雑然と、あるいは整然とうずたかく積み上がっているところへ、梯子を持って来て目的の本を取りに行き、ふと隣の本に目が止まって読みふけってしまう。そんな、幼い頃にファンタジー小説で読んだ場面に妙な憧れを抱いてもいるわけですが。そういう場所は、実際は英国でもそうでなくても、もう多くは残っていないのかもしれません。本を情報としてとらえるなら、決して効率的とは言い難いですものね。
さて、トゥルク観光の思い出といえば、実際このくらいのもの。あとはほぼずっとホステルでのんびりだらりと過ごしていました。聞くところによると、トゥルク城は我々が早朝に彷徨っていた港のすぐ近くにあるそうで、もし知っていたら、朝からその辺りで時間を潰すくらいしていたかもしれません。いや、かなり冷え込んでいたので、やはり暖かな場所を探してすぐにふらふらし始めたかな?
ともかく、私たちが宿に入り浸っていたのは、何も単に外が寒かったからというわけではありません。このホステルが特別に居心地の良い場所だったからです。
ということで、今回はこの宿について少しご紹介したいと思います。
ビルの2階にある入り口を開けるとすぐにあるのが、前回もご紹介したキッチンと共用スペース。
全体的に、モノトーンに赤や緑、黄色などが差し色として使われている内装でした。調理用具は何でも揃っていて、紅茶なども用意されていました。食器は使ったら自分で片付けるのがお約束。
こちらが2人部屋。大きな窓が開放的です。
ベッド側から扉の方を撮ったもの。当時は気がつきませんでしたが、こうして写真を見返していると、さすが北欧だけあってIKEAの家具が随所に配置されています。
シャワー室のすりガラスにあった私のお気に入りの言葉。非常に勇気付けられます。
バス、トイレも清潔で、オーナーが毎日掃除していました。
フィンランドでは割とよくあるようですが、こちらではサウナも入り放題。空いていたら入って中から鍵をかけてしまえば、もう貸切状態です。十分な広さで、白樺の葉こそないものの、お尻の下に敷く紙布のようなものもあって衛生的でした。
フィンランド式は、サウナ室に入るだけではそれほど熱くありません。桶と柄杓を用意し、水を汲んで室内にある焼石にかけます。すると、ジャーという音を立てて水が蒸発し、熱い蒸気が立ち込め、たちどころにスチームサウナが出来上がるという仕組みです。
密閉の度合いにもよるのでしょうが、暑さはそれほど長くは続かないので、たびたび自分で石に水をかけてやり、好みの熱さに調節します。スチーム式なので、すぐにぐっしょり汗をかいたようになり、簡単にたくさん発汗した時のスッキリ感が得られて、非常に気持ちが良かったです。
サウナの写真を取ろうと思っていたら、蒸気でスマホがダウン。後で正気に戻ってくれたのですが、あわやの事態でした。
ちょっと変わったこととしては、キッチンにもランドリーにも、共用の場所には小さなラジオが置いてあり、入ると常にかすかに人の声や歌が聞こえてくるのですが、それがうるさくなく、軽快で居心地の良い明るさを演出していて、実に絶妙でした。
オーナーのスザンヌ(仮)は、毎朝8:30にはやってきて、客室や共用スペースの掃除を始めます。それがあらかた終わると、今度はキッチンルームの奥にある自分のオフィスで事務作業。オフィスのドアは大抵いつも開け放されていて、キッチンに来た人たちと会話しながら仕事をしていました。
ある朝、部屋を出るときに隣の客室からタオルを抱えて出て来たスザンヌとばったり遭遇。
「ここの人、いびきが凄かったでしょう!ちゃんと眠れた?」
と彼女。
そういえば、どこからともなくゴーという音が聞こえていたような。でも、壁が厚いのか、眠れないほどではありませんでした。それに、前夜はこちらもビクビクしながら騒音伴う洗濯乾燥機を回していた負い目が。笑いながら
「ああ、あれ。全然大丈夫。ぐっすりだよ」
と答えると、
「そう?ここの人、ニオイもひどくて」
と言って、眉をひそめて鼻をつまんでみせました。
その仕草がおかしくてゲラゲラ笑うと、ぐるりと目を回して去って行きました。
夜には自宅に帰るはずなのに、一体なぜいびきのことを知っていたのか、はたまた何がそんなにニオうのか、謎は残りましたが、とにかくチャーミングな人でした。
それに、とても働き者で、日々の仕事を自分なりに楽しんでいる様子が印象的でした。ホステルを経営するというのは大変なことも多いと思うのですが、彼女はとても自然体で、スマートに人生を行きているように見えました。
何より、私たちのために嫌な顔一つせずに早朝出勤し、こちらを気遣う優しさを持った人でした。
彼女の存在が大きくて、今でもフィンランドの女の人というと、私の中では余裕のある大人の女性、というイメージがあります。
そして、これからもトゥルクと聞くたびに、あの特別に居心地の良いホステルのことを思い出すでしょう。
また彼の地へ行く機会があったなら、是非再訪したい場所です。
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