先日、日本のサマータイム導入検討のニュースに関連して、英国のそれについて書きました。
その後、今度は「サマータイム、欧州では廃止論」という気になる記事があったので読んでいたところ、懐かしい地名を見つけました。
記事の内容としては、今、北欧はじめ欧州の多くの国から、サマータイムは利益よりも不利益が大きいとして廃止論が出ている、という話でした。
近年、人間の体内時計に関する研究が盛んで、それによると時間をずらすことによる健康への被害は従来考えられてきたよりもはるかに深刻なのだとか。もともと1時間ほど時間をずらしたところで実質的な利益はほとんどない北欧の国々などは、前々からやめたがっていたものの、サマータイムはEU内の統一規定となっているので、国単位でやめることができない、というのも問題のようです。
この廃止論を提唱したのがフィンランドで、サマータイムの健康被害についての研究結果を報告してい機関として、トゥルク大学の名前があがっていました。
そんな、先人たちの動向を知ってかしらずか(知らず、ということもないでしょうけれど)、何の利益があるのかもわからないサマータイム導入を今更検討している日本政府については放っておくとして。
懐かしかったのは、トゥルク大学、正確にはフィンランド最古の都市にしてかつての首都、「トゥルク」の名前でした。
かれこれ7年ほど前になりますが、この歴史ある街を訪れたことがあります。
北欧スウェーデンからフィンランド、そのままバルト3国のうちエストニアとラトビアまでを行く旅の途中でした。
私のトゥルクの記憶は、しとしと降る冷たい雨、黄金色に染まった木々と落ち葉、居心地の良いホステルの静かなキッチンで、外を眺めながら食べたクッキーの味に満ちています。
ストックホルムからトゥルクまでは、時間もお金も節約できるということで、客室付きの船で夜間に移動することにしました。
Barやレストラン、免税店、ミニカジノから劇場まであるという、“豪華客船”に乗っての短い船旅でした。料金は客室によって異なりますが、シャワー付きで小さな丸い窓のある2人部屋(おそらくAクラス?)で、ストックホルム市内のホテルに泊まるのと変わらない料金だったと記憶しています。客室はあまり期待していなかったものの、やはりかなり狭かったです。
因みに、私たちはこの船上で、スカンジナビア発祥のスモーガスボードにありつくのを楽しみにしていたのですが、これでえらい目にあいました。スモーガスボードというのは、いわゆるビュッフェのことで、日本の“バイキング”の起源です。結局、日本の食事の質の高さを改めて実感し、何でも元祖が良いというのは大いなる間違いであるということを思い知ったわけですが、これはまた別の話。
夕方の便でストックホルムを出航すると、トゥルクに着くのは朝の6時。この古都の周りには無数の島が点在していると聞き、もしかしたら到着する頃には見えるのではと思って分厚い窓に目を凝らしたものの、全くダメでした。島どころか、10月のフィンランドの早朝など真っ暗で日差しの片鱗すらありません。船からの景色を楽しみたい方は、昼間の便にするか、春先以降に行かれることをお勧めします。
さて、モーニングコールのつもりか朝早くのコンコンというノックの音に起こされ、身支度をして、眠い目をこすりながら港に着きました。けれど、右も左もわかりません。しかも外は雨が降っていて、暖かな船内から出された身としては想像以上に寒いのです。何とか、受付にいた人にホステルの場所を尋ねると、バスでマーケット広場まで行き、そこから乗り換えらしいことがわかりました。
やっとのことでバスに乗り、次のバスが何番かは降りる時に聞けば良いということにしました。
ところが、このバスの運転手の若者は人は良さそうなのですが、少し頭の回転が鈍いようでした。もしかしたら、英語があまりわからなかったのかもしれません。
受付で教えられた停留所の名前を聞くと、時刻表のようなものを出して一所懸命にパラパラとめくるのですが、一向に答えが出てきません。朝の通勤・通学の時間帯。周りの目が冷たくなっていくような気がしました。ひたすら懸命に手帳をめくる運転手が、何だか可哀想になり、「It’s OK」と言って出るしかありませんでした。
運転手はほっとしたように顔を歪めると、小さな声で「Thank you」と呟きました。
荷物を引きずってバスを降りてから、妹が
「良くないね」
と一言。
「あの人、一生懸命やってくれたのに、態度が良くない」
指摘されてみて、はたと、自分が彼にお礼を言っていなかったことに気がつきました。港で乗せてもらってから、広場に着いた時にはわざわざ知らせてくれ、それにあんなに必死に調べてくれたのに。「Thank you」というべきだったのは、本当ならこちらのはずだったのに。たった一言の感謝の言葉を失うほど、自分に余裕が無くなっていたのかと思うと、いささかならずショックでした。そして、家では大学生になっても反抗期の抜けないような‘態度の悪い’妹も、なかなか鋭いことを言うものだ、妙に感心しながら思ったのでした。
朝から反省しつつ、最終的に広場からタクシーを拾って宿までたどり着きました。案の定、入り口には鍵がかかっていましたが、電話をかけてスタッフに早めにきてもらうことができました。朝早くに呼び出されながら、嫌な顔一つせずに
「早かったのね。大丈夫?」
と言って鍵を開けてくれた女性。今度はきちんと、お礼をいうのも忘れません。
彼女が部屋の用意をしてくれている間、キッチンへ案内され、ここで待つように言われました。そして、「よかったらどうぞ」と勧められたのが、5百円玉よりひとまわり大きいくらいのチョコチップクッキーでした。
何の変哲も無い、チョコチップ少なめのシンプルなクッキーは、透明な瓶に入ってキッチンに置いてあり、宿泊者が自由に食べて良いようでした。
優しい味のするそれを食べながら待つ間、暖かな室内に入って早々に突っ伏して眠ってしまった妹を見ながら、何だか無性にほっとしたのを覚えています。
それから数日の滞在中、夜などにキッチンへ来ては、紅茶を片手にこのクッキーをつまみ、しとしとと降る雨を眺めつつ読書を楽しみました。ほんの時折、他の宿泊者が顔を見せることもありましたが、静かで、自分だけの特別な空間でした。その異国のキッチンで本を読む時には、自分がずっと前からそこにいたかのように安心できたのでした。
注)北欧は宿泊費も物価も軒並み高く、節約のために中心部から少し外れた宿をとったのですが、初めての土地ではこれはなかなかリスキーなことでもあります。時間のない旅や治安の悪い土地では避けたほうが無難です。
ただ、北欧は比較的治安がよく、ホステルのような安価な宿も値段設定が高めであるかわりに、衛生的には日本人でも充分満足のいくレベルと言って良いと思います。普段は海外での風呂トイレ共用には躊躇するのですが、北欧ならよほど評判の悪い宿でない限り大丈夫だと感じました。ただし、宿で旅の疲れを癒すためにも、気の張るドミトリーを利用する際にはやはりよく考えた方が良いでしょう。
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