パライソで王様のケーキを食べる

スペインで食い倒れ

二十代後半に差し掛かった頃、生まれて初めて極楽を見た。あの時のことは、きっと一生忘れないだろうと思う。

言うまでもないが、死んだわけではない。よくある臨死体験のようなものでもない。ただ、とても美しい風景を見た、ということだ。

きれいな景色などいくらでもあるという人もいるだろうし、ある意味正しいと思うけれど、人がただきれいなものを見たという事実を超えて感動を覚えるとき、それは単に景色を見ているのではない。自分が踏み込んだ世界を感じているのだ。だから、私はそのとき、確かに極楽を目の当たりにして、その空気に圧倒されていた。

それは、スペインのグラナダでアルハンブラ宮殿を訪れた時のこと。正確に言うと、城壁の上からアルバイシンの辺りを見下ろした時のことだった。

眼下に広がる街並みは、現実離れして美しかった。さらにはるか先の山並みをまで見渡しながら、向こうから風と共に迫ってくる世界を、精一杯受け止めようと眺めていた。

その様子は、とても言葉で言い表せるものではなかった。胸がギュッとして、切なくなるほどドラマチックであった。

ごつごつとした分厚い石に手を置いて、風に吹かれながら青い空と遠い緑、赤い屋根に白壁の街並みを眺めていると、自分が殿上人になったような錯覚に陥った。いや、どこまでも自由で浮世離れした気分は、もはや天上人だ。雲の上の世界から、気まぐれに下界を見下ろしているのだ。

アルハンブラの宮殿も、庭園も、城壁ですら、明らかに他とは隔離され、丘の上の山中にありながら、息をのむほど贅を凝らした人工美と自然が、見事な調和をなしていた。

外にあるのは心洗われる雄大で穏やかな景色。一歩建物へ入ると、宇宙空間にいるかのごとく荘厳かつ繊細な装飾に満ちていた。城塞の中は冬だというのにいたるところで花が咲いていて、木々の木漏れ日のなかや、あるいは美しく整えられた庭を散策していると、さらに次元の違う空間に迷い込んだような気持になった。

まるで神々の住まう場所だ。こんなところで暮らし、日々下界を見渡していれば、昔の王侯貴族が底知れぬ万能感を抱いたとしても、何ら不思議ではない。

旅するなかで好きな場所や景色は多々あれど、「一生忘れないだろう」と思ったのは初めてだった。

アルハンブラを訪れる人は多いが、オフシーズンの午前中は涼しくて歩きやすいし、比較的すいている。とは言え年々観光客が増えており、ご多分に漏れず事前の予約とチケット購入は必須だ。入場が時間指定で制限されている箇所もあり、事前に入場口を確認したうえで時間に余裕をもって行かないと、あとで焦ることになる。

敷地内は広いので、少なくとも半日はかけてゆっくり回りたい。残念ながら伝聞になるけれど、「ロドリゲス・アコスタ財団のカルメン」という邸宅も近くにあって、空間デザインという意味ではこちらも興味深い。二か所を一日かけて回るのも良いかもしれない。

また、グラナダのパラドール(スペイン各地にある、歴史的価値の高い建築物を改装した国営高級ホテル)はアルハンブラの中にあるので、ここに泊まれば宮殿内をさらに堪能できるだろう。

私が初めてグラナダを訪れた時には、学生で一人旅だったこともあり、泊ったのはとにかく安さに利便性と安全性を追求した宿だった。大聖堂近くの狭い路地を入ったところにある、細長く傾いだような建物で、バストイレのないワンフロアに共同のバスルームを外付けしたような作りになっていた。

禁煙ルームを予約したはずなのに、部屋にはタバコの臭いが染みつき、こもった空気を何とかしようとエアコンで送風をつけてみたが、こびりついたヤニで一層煙たくなってしまった。清掃はされているというものの、寝具に直に横たわる気にもなれなかった。プライバシーが保たれているだけマシな、ホステルに毛の生えたような安宿だった。

そんななかでも、夜、バスタオルを敷いたベッドの上で目を閉じると、アルハンブラで見た景色の数々が鮮やかによみがえった。一日歩き回って疲れているはずなのになかなか寝付けないのは、煙草の臭いのせいなのか、それとも興奮のせいなのか、わからないままいつしか眠りに落ちていた。

宮殿から川を挟んで西側も、分け入ってみれば昼も夜も情緒にあふれて魅力的なエリアだ。

ヌエバ広場を底にアルハンブラへの道と向かい合うアルバイシン地区。白い壁に囲まれた家々のなか、階段をずっと上っていくと、丘の上の方にはアルハンブラの全景を臨む展望台がある。ここからの眺めももちろん素晴らしいけれど、何といっても迷路のような細い路地をそぞろ歩くことこそ至福の過ごし方だ。

オレンジ色の街灯が浮かび上がる夜の佇まいは特に幻想的で、急な傾斜の階段を上がりふと後ろを振り返ったとき、思わず呆然としてしまうほど美しい世界が広がっている。そのたび、自分はいったいどこに迷い込んだのだろうと思うような、心地よい酩酊感に包まれるのだ。どんなに足がしんどくても、グルグルさ迷わずにはいられない場所だった。

私を興奮させたのは、アルハンブラ宮殿やアルバイシンの街並みだけではない。

グラナダは酒好きなお一人様にとって、天国のような場所なのだ。ふらりとバルへ入って、とりあえず飲み物を頼む。すると自動的に一皿ついてくる。それも、日本のお通しのようなちんまりしたものじゃなく、割としっかりとしたタパスが一品だ。これはもちろん、完全なるフリー(無料)。

一晩に二件ハシゴして四杯ほど飲んだが、かかったのは飲み物代だけ。皿も一杯ずつ内容を変えてくれて、魚介のフリット、コロッケ、肉の煮込みなど、なかなか手が込んでいた。しかも、驚くほど質が高い。

なんとなく申し訳なくて、追加で一品頼んでみたものの、結局食べきれなくて残してしまった。日本人にはフリー・タパスで十分だと思う。もちろん、店によっては乾きものや作り置き程度のクオリティのところもあるだろうけれど、少し評判を調べていけば、ついてくるタパスだけで美味しいものにありつける可能性は十分にある。

評判のバルやタパス屋はたいてい混んでいて場所を見つけるのに苦労しそうだが、立ち飲みも多く、ちょっと待って見ていると隙間の空く瞬間がある。そこへすっと入って店員と目を合わせれば、あちらも商売だからオーダーを取りにくる。

時には席なき場所に席を作り、「ここで良いから、ちょっと飲ませて」というポーズが取れるのも、お一人様だからこそ。怖気づいてなんとなく空いている店の席に座ってしまうのは、もったいない。最初の一歩を乗り越えると、なんだこんなものかと思うものだ。

とにもかくにも、日本の飲み屋はよく臆面もなく貧相な小皿に値段をつけて勝手に提供するものだ、と、グラナダに来たら怒りたくなること請け合いである。

グラナダでフリータパスを楽しむ

グラナダというと、もう一つ忘れられない食べ物がある。「 ロスコン・デ・レジェス (東方三博士の大きな輪)」という、大きなドーナツ型をしたパン菓子だ。

別名、「王様のケーキ」。

スペインでは十二月二十五日から二週間ほどクリスマスが続き、一月六日の公現祭をもってピリオドとなる。キリストの生誕から、東方三博士(賢者)がお祝いにやってくるまでの期間、特に公現祭の日に食べられるのが、この特別なスイーツパンだ。

ちなみに、三博士は一月五日にプレゼントを持ってくることになっていて、サンタクロースの役割も押し付けられている。一月六日の朝、子供たちはプレゼントを発見するというわけだ。

これは異邦人代表である三人がそれぞれに贈り物を携えてイエスに会いに来たことに由来しており、サンタクロースの起源にも関係してくるので、カソリック文化の根付いたスペインらしい習慣と言えるだろう。

最近では、二十五日にはサンタクロース、六日には三博士にプレゼントをもらう子供もいるようで、どこの国も出費のかさむ時期は似ている。年明けのプレゼントは日本でいうお年玉のようなものかもしれない。

そんなわけで、スペインでは五日になると、やってきた三博士がプレゼントを配るためのパレードが行われる。三博士やら動物やら天使やら関係あるのかないのかよくわからない人やモノが乗った山車から、沿道の人々に飴が配られる。

配るというか、投げられる。純粋に飴が欲しい子供から、子供のためかあるいは縁起にあやかりたい大人まで、けっこうな争奪戦である。

私はトレドでこのパレードを見たのだが、行列自体も電飾ピカピカの、なかなか大がかりなものだった。溶岩のような赤くひび割れた黒い塊が通り過ぎ、しんがりは何故か消防車とそれに乗る消防士。引き締まったイケメン消防士に目を奪われながらも、脈絡のない登場が謎だった。

あとで調べてみると、この日は良い子にはプレゼント、悪い子には木炭が渡されることになっていて、焼けた炭の後に消防車というのは、いわばスペイン流のジョークなのだった。

さて、お祭りについては知らないままに、年明けから一週間ほどをスペインで過ごすことになった私は、それはもう各街中のいたるところでロスコン・デ・レジェスを見た。

こんがりと焼き色のついたひと抱えほどもあるこの菓子は、つやつやと誘うような照りが実に悩ましく、横二つにカットされた間からは真っ白なクリームが見え隠れし、上にのったカラフルな砂糖漬けのドライフルーツが、 赤、黄、緑と宝石のように輝いている。見た目からして王冠を連想させる、まさに「王様のケーキ」だ。

あちこちでショーケースの一番良いところへどっしりと陳列され、次々と楽しげな人々の手に渡っていく。そんな様子を見ているうちに、どうしてもどうしてもどうしても食べたくなって、マドリッドのパン屋でどうにか四分の一にカットして売ってくれないかと頼んでみたけれど、強面の女性店員ににべもなく断られた。あきらめきれずに三十分ほども粘ったが、ダメだった。

翌日、ホテルの向かいのパン屋でも勇んで交渉した。今度は半分のサイズまで頑張ってみたが、取り付く島もない。一つ丸々でないと売らないと言う。

けれど、すぐに次の街へ移動しなければならない一人旅で、この巨大な菓子パンを全て食べきるのなど、どう考えても無理だ。四等分でもまだ多いくらいなのだから、無駄にしてしまうのがわかっていて買うことはできなかった。

仕方がない。でも、指をくわえてみているしかないなんて…

クリスマスのスペインにあふれるロスコン・デ・レジェス

泣く泣くあきらめて旅を続けるうち、グラナダに到着したのがちょうど一月六日。スペインの長いクリスマスももう終わりだ。

翌日、次のマラガへ向かうバス停へスーツケースを転がしていた時のことだった。ふと目に着いたカフェで一休みしようとショーケースを覗くと、あるではないかあのパンが。恐る恐る、「これを1カットだけもらえる?」と聞くと、「良いわよ!」と笑顔が返ってきた。

最後の最後に恵みの1ピースが降ってきた。

ロスコンとラテを頼み、いそいそとテーブルについた。ほどなく運ばれてきたのは、あぁ、間違いなく「王様のケーキ」お一人様分。早速食べてみると、期待を裏切らない、素朴な見た目のままの美味しさだった。

ほのかにオレンジの香るブリオッシュのような菓子パンに、しっかりとミルクの味がするクリーム。ドライフルーツの甘みとナッツの触感がアクセントになり、甘すぎないのがちょうどよい。

常々、ケーキのスポンジの少なさや過剰な甘さとクリームの量に辟易としている私としては、クリスマスのケーキは全世界的にこれになっても良いくらい、好みの味だ。

パン屋とタパス屋しか眼中になかったけれどカフェでは普通に一切れ分を提供してくれていたのか、それとも一月七日というタイミングが良かったのか。

余り物だったとしても構わない。とにかく一週間越しで思いがけず目的が達成された嬉しさで、グラナダで食べたロスコンはきっと何倍にも美味しく感じられたのだと思う。

カフェの片隅で幸せをかみしめていると、何か固いものが歯にあたった。取り出してウェットティッシュでクリームをふき取ってみれば、人差し指の第一関節くらいの、赤い三角帽にズルズルの服を着た小さいおっさんが出てきた。

実は、ロスコンには陶器の人形とそら豆(他の豆の場合もある)が入っていて、人形に当たった人は一年間幸運だとか、一日王様になることができると言う。「王様のケーキ」と呼ばれるのはこのためだろうか。

一方、もともとはこちらが幸福のしるしだったそら豆を引いた人は、今ではロスコン代を支払うか、来年のロスコンを用意する役を担うらしい。システムとしてはフランスのガレット・デ・ロワとほとんど同じだが、あちらはアーモンドクリームを挟んだパイ菓子なので少し重めかもしれない。

一人で食べて一人で人形を引き当てた私には、王様としてもてはやしてくれる人はもちろんいなかった。せいぜい、給仕のおばさんにサムズアップされたくらいである。それでも、なんだかほっこりして、ちょっと眠そうなこのおっさんは私のお気に入りになった。

小銭入れに入れて持ち帰り、ずっと机の端に鎮座して、その後の私の留学生活七転八倒を見ていたおっさん。日本にも持ち帰ってきたはずなのだが、何度か引っ越すうち、いつの間にか見当たらなくなっていた。

スペインでもらった小さなクリスマスプレゼント。モノはなくなっても、美味しくて幸せな思い出は残っている。

南スペインは見どころが多く、一度目も、焦がれて再訪した二度目も、グラナダは駆け足で通り抜けるだけだったが、じっくり滞在できたら、きっと楽しいだろうと思う。

美しい風景のなかをのんびり散策し、自慢のタパスを食べ比べる。市場へも行ってみたい。

また訪れるのが待ち遠しい街だ。

グラナダのカフェで食べたロスコン・デ・レジェス
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