ロシア、英国、日本、僕らの冷蔵庫戦争

愉快な留学生活
留学1年目の寮のキッチン。7人前後で使用した

W杯のロシア、ついに破れてしまいまいましたね。とは言っても、大健闘であることに変わりなく、ロシアの人たちは大満足でしょう。

ロシア人というと、私が思い出すのは留学生活1年目に出会った、フラットメイトの1人です。

スコットランドに留学しつつも、特に一年目は周りがほとんどインターナショナルの学生で、皆なかなかに個性的な子達ばかりでした。

当時は学内のフラットに住んでいました。大学自体が街から離れた場所にあったので、構内にはいくつか大型の滞在施設があり、私のいたアコモデーション内は東と西に別れ、さらに階やエリアごとに共同キッチンが配置されていました。

同じキッチンをだいたい7〜8人くらいで使っていたのですが、そのうちの1人が彼でした。

ロシアの高校から、英国で法律を学ぶために大学入学を目指しているということでしたが、これがまた、屁理屈が得意で怪しい言動の多い子でした。

とにかく噂話が好きで、何かあるといつの間にか情報をキャッチしてきて、話を聞きたがります。特に何をするわけでもないのに、あまりに調子よく話にだけ首を突っ込みたがるので、友人の1人は

「スパイなんじゃないの」

なんて、冗談交じりに言っていたものです。

もっとも、スパイというには集めている情報はゴシップじみたものばかりでしたし、学生に怪しいと思われること自体ナンセンスだと思いますが。

「どうしたんだよ?お前と彼女、何があったんだよ?!」

なんていうスパイは、あまりにもお粗末です。

つまり単なるミーハー男だったわけですが、しかし彼のためにもちょっと格好良く、ここでは「スパイ」と呼ぶことにしましょう。

このスパイ君は、フラットメイトの香港人男子と仲がよかった。香港と言いつつ、本人によれば自分は英国人とのことでしたので、ここでは英国人としておきましょう。

余談ですが、香港は中国への返還前に生まれると英国籍が貰えたそうですので、彼の言い分は別に間違いではありません。と言っても、本土の英国民と同等の扱いは受けられませんから、多少の不利益を被ったとしても、「中国人である」とは言いたくない、という意思が感じられます。

彼は英語堪能だったのですが、細身で今時な容姿だった上、ダボっとした服装が多く、何より常にラップの節をつけているような話し方だったせいで、一部からはB- boyと呼ばれていました。

 

さて、仲の良い2人と、私ともう1人の日本人フラットメイトとの戦いについて話す前に、当時我々が使っていたキッチンの設備について、説明しておきます。

キッチン内には、ガスコンロと一体型のオーブン、各自の食材や食器等をストックしておく棚が備え付けられ、大きな冷蔵庫が二つ並び、さらに小さめの冷凍庫が一つ、テーブルと椅子がいくつか、ありました。

このなかの冷凍庫の方が、最初から問題あり。冷蔵庫よりも冷たくならず、むしろちょっとぬるい。

そこで、再三、寮の管理人であるポーターに掛け合って、親切なおじさんポーターが何度か修理を読んでくれました。

ところが、一向に治らない。

何故?

みんなで首を傾げていました。ずっと。

そう、ずっと。

ひと月ほどたったある日、ポーターは原因を突き止めたらしく、ニヤッとしながら一言。

「Girls, that’s not freezer, just fridge(君たち、あれは冷凍庫じゃなかったんだ、ただの冷蔵庫さ!!!」

…まぁ驚きました。何がって、色々ありますが、まずは

「今まで知らなかったの?!」

ということ。管理人なのに、付属設備を把握していなくて良いんだ。しかも、何度も修理の人来てたけど、一体何やっていたんだろう?という心からの疑問です。

そして、結局フラットには冷凍庫の設備がない、ということにもショックを受けました。

なにせ、肉類は賞味期限前に腐り始める国で、冷凍庫なしで生きていくのは難しいように思いましたし、構内のスーパーに鎮座するラージサイズのアイスクリームは誰がどうやって食べるのだ?という、ちょっとした憤りも感じました。

とはいえ、ないものは仕方ありません。悪くなるやすいものは冷蔵庫の奥の壁に押し付けてみたりして、何とか1年乗り切りました。

 

そんななか、勃発したのが、先のロシア人&英国人コンビとの、冷蔵庫内温度をめぐる戦いでした。

ある朝、キッチンで冷蔵庫の扉を開けると、ヒュォッと冷気が。

ん?と思ってポケットの部分からミルクを取り出すと、見事に凍り付いています。慌てて他の食材を確認すると、ほぼ全ての食材が凍っているではないですか。卵や野菜など、一度凍ってしまったら使い物になりません。

庫内の温度設定を見ると、1−5段階のMax5に矢印が。

いやいやいや。

設定をマックスにすると冷凍庫になる英国の冷蔵庫も驚きですが、一体誰がこのような。

最初は間違いかと思って、

「物が凍るので、温度は真ん中(3)辺りにしておいて」

という張り紙を貼っておいたのですが、その後も度々マックスに。

一つの冷蔵庫を3〜4人で使っており、1人は同じ日本人でしたので、犯人の目星はだいたいつきます。しかも、それが行われる時、冷蔵庫の犯人の棚には大量の肉が補給されているのです。

仲の良いスパイ君とビーボーイは、食べるものも似ていて、レディミールと呼ばれる、そのままあるいはチンしてすぐに食べられる惣菜か、肉、それからパスタとパンと卵。野菜を食べているのをみたことがありません。

そもそも、学生というのはあまり料理をしないものなのかもしれませんね。その割にキッチンは汚れていくのですけれども。

年末に’隣の’異臭のする冷蔵庫を大掃除する日本人

しかし時たま、2人で大量の肉(主にひき肉)を買って来ては冷蔵庫に詰め、その際、悪くならないように温度を下げる、ということをやっていたのです。

彼らも私たちが温度を下げるなと言っている事はわかっています。

我々が元に戻したのを隙を見て彼らがまたマックスにする、というような、不毛な攻防はややしばらく続きました。

そしてついに、直接対決の時がやって来ます。

スパイは大胆にも、我々が話している目の前で、開けた冷蔵庫の温度をササっと直したのです。

すかさず問い詰めると、

「わかるだろ?この国の肉はすぐ腐るんだ、ありえないくらい腐るんだ!」

と哀れっぽく訴えて来ます。

「わかるけど、これはさ、冷蔵庫だからね。みんなで使ってるんだから、困るでしょ。平等にさ、真ん中にしようよ」

「僕にとってはこれが真ん中だ!」

平行線です。

さらにはビーボーイに

「Holy shit!」

と、実に若者らしく悪態を疲れる始末。

10近く年く年下の子供に対して、確かに少し大人気なかったかなと、今にすれば思います。しかし、ほぼ毎日きっちり自炊していましたから、食材が使えなくなるのは死活問題。

 

結局、英語のできないなりに妙に粘り強い日本人に、面倒だと思ったのか、これ以来、彼らはやや大人しくなりました。マックス5から、4とか、遠慮がちに3.5くらいにするように。

しかし、スパイ君に関しては、時折、こちらの隙を見て忘れた頃にマックスにする、というような小賢しいところもありました。

また、ある日、夕食を作っていると、スイッチを入れた途端に、ガスコンロがショートするという事件が。

大きな火花と爆発音で、一瞬キッチン内部が震えました。

そういえば昨日、スパイ君が同じような爆音を響かせた後、鍋を抱えたまま無言で去っていくという出来事がありました。その後には、ぐるぐると蚊取り線香のような形状のコンロの一部に、かすかに穴が開いていたのです。

あれが原因に間違いありません。

彼が母国から大事に抱えて来たロシア製の鍋が、何でできていたのかはわかりませんが、英国のガスコンロとは相性が悪かったようです。

それにしても、何事もなかったかのように去って言ったあの姿。

ロシア人の強さの深淵を見たような気がしました。(あくまでスパイ君個人の性質かもしれませんので、悪しからず)

 

フラットメイトの個性的な事件簿は、まだまだ続きます。

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